地下通信 [chika-tsûshin]

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2005年 09月 12日

時代の転換点

 c0062756_1583136.jpg唖然、呆然、愕然。この国の人々には良くも悪くももう少しはバランス感覚があると思ったが、自民・公明の連立与党で327議席!?。自民党単独でも過半数を大幅に上回る296議席!!??。もはや公明党さえ抵抗しなければ、ありとあらゆる法律はもちろん、憲法改正さえ与党の思うがままという状態になったんだそうだ。いやはや・・・。
 こんな9・11総選挙について拙速で書くのも躊躇われるのだが、あまりの出来事で脊髄反射的に思ったことを簡単に一言だけ。

 どうやらこの国はやはり、戦後60年という節目を迎えて大きな曲がり角を間違いなく曲がってしまったのだろう。
 以前記した通り、財政再建と構造改革の必要性は否定しない。だが、その実践すら随分と怪しい「掛け声だけ」のコイズミ自民党に、我々は全てを投げ出し、預けてしまった。
 その先に出現するのは何か。
 日本的な分配路線から新自由主義的な傾斜配分路線へ。機会の平等から階層固定化の社会へ。戦後の平和理念を薄ら笑い、負の遺産の忘却に勤しむ自慰主義的社会へ。アジアの国々への多少の配慮は作用した地政学的な均衡外交路線から強者追従の排外的ナショナリズム路線へ。包容と共存より排除と監視を重視する「危機管理」型の社会へ・・。
 既に立ち現れていたこうした諸々の事象が、「民意」というお墨付きをえたことによって加速化していくのは間違いない。繰り返すが、そんな重要な分岐点を「ユーセイ」という掛け声だけに縋って投げ出し、預けてしまった。

 時代には「あれが転換点だった」という節目がある。個人的には国旗・国歌法や盗聴法、改正住基法、ガイドライン法等々、戦後タブーとされてきた法律が相次いで成立した1999年がその大きな一つだったと思っていたし、今も思っているのだが、2005・9・11はその流れを固め、跳躍させた大きな転換点となるだろう。阿呆な話であるが。
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# by tikatusin | 2005-09-12 15:10 | 罵詈讒謗
2005年 09月 05日

書評=言論統制列島(鈴木邦男、斎藤貴男、森達也)

c0062756_0425715.jpg あらためて紹介するまでもない気鋭の三論客による対談集。「書評」などをかしこまって書く必要もなく、軽快で痛快で明快、あっという間に読み終わってタメになるお薦めの一冊。真っ当な言論が少なくなる一方な今だからこそ、貴重な発言集だ。ボンボン2世議員やら西尾幹二やら三浦朱門やらといったマッドな連中を遠慮会釈なく、そして極めて真っ当に切り刻んでくれる。例えば斉藤の以下のような発言。
 
小泉純一郎をはじめ、安倍晋三、麻生太郎、平沼赳夫、福田康夫、中川昭一・・・。50、60にもなって親の七光りで権力を握っているだなんて、普通なら恥ずかしくて首をくくりたくなると思うんだけど、彼らはそうではなくて、国を背負った気になっちゃうことができるんです。

 その通り!!(笑)。というわけで詳しい論評は加えないが、森達也の以下の発言が面白かったので、もう一つだけ引用して紹介。
 
イラクの人質事件で「週刊新潮」が、拘束された3人に対しての自己責任論と誹謗中傷の記事を載せました。知り合いの記者に聞いたのだけど、世相の逆を行くつもりで書いたら、あっさりと世相が乗っかっちゃってきたので、編集部もびっくりしたそうです。その意味では「週刊新潮」の姿勢は、あえてマジョリティに異を唱えるという雑誌ジャーナリズムの王道なんです。ところがそれが異ではなくなってきている。全体の軸が急激に動いているんですね。

 そうかぁ〜、社会が「週刊新潮」化してるのか〜。極めて正鵠を得た鋭い指摘だと思うし、笑ってる場合じゃないんだが、それにしても気持ち悪すぎだ、最近のこの国は。(講談社、1500円)
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# by tikatusin | 2005-09-05 00:47 | 書評
2005年 08月 30日

神の目

 c0062756_12481820.jpgc0062756_124856.jpgこれも今更の話題なのか、それにしても「Google Earth」は物凄い。
 いわばネットを通じた衛星写真サービスなのだが、無料で「神の目」気分を楽しめる。地球儀をクルクルと回し、行きたい場所へとポインタを合わせると猛烈な勢いで拡大画像が立ち表れる。東京などの大都市ならば人影すら分かりそうなほどの解像度だ。皇居や首相官邸なども上空から丸裸。場所によっては3D表示も可能。6月にサービスが始まったばかりで、Mac版はなくWin対応のみな上、まだBeta版のようだが、それでも自宅やら見知った建物、気になる場所やらを「探索」しているだけで半日ぐらいをボーゼンと過ごしてしまった(笑)。
 眺めた範囲内では、東京に関する限り写真は最新ではない。また日本の地方都市になると解像度が大幅に落ち、サービスに手が回っていないようなのは当然か、などとも思いつつ、平壌などが日本の地方都市と同様程度の解像度に抑えられているのを見ると、何やら少し深い意図を感じてしまう。
 それにしても、こんなものが無料で「楽しめる」のだから、本格的な偵察衛星などは凄いことになっているのだろう。米国家安全保障局(NSA)の犯罪を知ってしまった弁護士が偵察衛星で徹底監視され追いつめられていく映画「エナミー・オブ・アメリカ」(1998年)の世界の現実性をあらためて実感し、薄ら寒い気分にもなる。これからは上を向いて歩くのはやめよう(苦笑)。
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# by tikatusin | 2005-08-30 12:55 | 罵詈讒謗
2005年 08月 27日

真夏の夜の夢

 目の回るような忙しさで更新が滞り気味。そんな合間に外電などで目にした世界のニュースから。
 
 オーストラリアのハワード首相。同国の日刊紙ヘラルド・サンの記者らが取材源秘匿の原則を守り抜いていることで有罪判決の危機に陥っていることに関して26日、「彼らが職業の倫理観によって行動していることを知っているし、その行動を尊重する」と言明、メディアの取材源保護を法律的に裏付ける措置の検討を指示したという。
 米国ではCIA工作員名漏洩事件で取材源開示を拒んだニューヨークタイムズ紙の記者が法廷侮辱罪で収監されたのは周知の通り。アフガンやイラク戦争ではブッシュと歩調を合わせたハワード首相だが、それでもブッシュなどよりはよほど真っ当な神経を持っているようだ。

 ベネズエラのチャベス大統領。26日、首都カラカスでの演説で「私に何かあれば、ブッシュの責任だ」。米キリスト教保守派の指導者、パット・ロバートソンが22日、自らが運営するクリスチャン放送網(CBS)でチャベス大統領を暗殺するべきだと主張したことを受けた発言。
 パット・ロバートソンはキリスト教右派色の強いブッシュ政権に影響力を持つ。社会主義的な反米路線を明確にするチャベスをブッシュ政権が苦々しく思っているのは周知の事実だが、それにしてもロバートソン発言はあまりに“率直”。
 「我々は彼(チャベス)を排除する能力があり、それを行使する時期がきた」「独裁者を排除するのに(イラクのように)2000億ドルを使って戦争をやる必要はない。秘密工作員に仕事をやってもらう方がずっと楽だ」
 チリのアジェンデ政権など、自らが気に食わねば民主政体だろうが何だろうが転覆工作を実行してきたのが米国。ブッシュにすれば「分かってるから余計なこと言うな」ぐらいが本音か(笑)。ロバートソンなる人物を詳しくは知らぬが、恐らくは日本などにもいる超エキセントリック右派なのだろう。このあまりに“率直”な発言については中南米19カ国の外相が26日、アルゼンチンで開いた会合での宣言でロバートソンへの「法的措置」を求めている。

 そのブッシュ大統領。ギャラップ社が26日発表した世論調査結果によると、ついに支持率が40%に転落。ブッシュ支持率として最低を記録したばかりか、8月の平均支持率も43%となり、第2次大戦後の歴代大統領の月別支持率ではウォーターゲート事件で辞任に追い込まれたニクソンに次ぐ史上2番目の低さなのだという。
 最大原因は言うまでもなくイラク。泥沼化する一方のイラク情勢に加え、夏休み中のブッシュが滞在するクロフォードの私邸前で続く反戦行動(イラク戦で息子を失った母親の行動がきっかけとなって拡大している。詳しくはここを参照)なども大きく影響しているようだ。21日にはCNNがイラクの大量破壊兵器開発の情報を誇張した過程を検証する1時間番組を放送。番組タイトルの「完全なる間違い」は辛辣で、ブッシュを取り巻く世論は厳しさを増している。ようやく・・・という感じではあるけれど。

 一方、韓国では26日、1965年の日韓国交正常化に至る全外交文書を公開。今も多くを非公開としている日本とは対照的に情報公開への積極姿勢を示した。
 加えて韓国政府は日本の植民地支配での被害者に対しても個人補償に乗り出す方針で、一方で従軍慰安婦などに関しては同日、「日本に法的責任が残っている」として日本を追及する立場を発表した。
 少し分かりにくいが、簡単に言えばこういうことだ。軍事クーデターで政権を奪取した朴正煕政権下で進められた対日国交正常化交渉では、開発資金獲得を優先させた朴政権が個人請求権の補償義務は韓国政府が行うと約束していたことが外交文書で裏付けられた。しかし、従軍慰安婦などに関しては当時の議題となっておらず、個人補償は韓国政府が行うが、従軍慰安婦などに関する法的責任は今も日本に残っている、と。
 誤解を恐れずに言えば、実はこれ、日本にとって「絶好のチャンス」なのではないか。周知の通り今も激しい反日感情が残る韓国だが、個人補償に乗り出す韓国政府を何らかの形で日本が協力、支援すれば、韓国内の反日感情は大幅に緩和されるはず。いわば「過去清算」に乗り出した韓国政府の動きに日本も“同乗”するのである。
 1965年の日韓基本条約は請求権について「完全かつ最終的に解決された」としている。また個人補償の責任が韓国政府にあったことが外交文書で確認されたとはいえ、開発資金獲得を優先させたい朴政権につけ込む形で日本が交渉を進めたのは厳然たる事実。日本の「道義的責任」に対する韓国民の反発は今も強く、これからも弱まることはないだろう。
 だが、今回の韓国政府の動きを契機として日本政府が側面支援に乗り出し、従軍慰安婦問題などでは何らかの補償を行うなどの政治決断を下せば、韓国民の対日感情は大幅に改善され、いわば韓国政府と一体となっての「過去清算」が実現するのではないかーー、というのが「絶好のチャンス」という理由だ。

 だが、これは完全なる真夏の夜の夢。ブッシュの飼い犬・コイズミは、飼い主様の支持率が急落している中でも9・11総選挙に向けて意気軒昂。韓国の外交文書公開や個人補償方針など全く興味がないらしく、従軍慰安婦への法的責任問題に関しても26日夜、記者団に対して「韓国の政府と立場は違います」と一言だけ。いやはや・・・、だ。
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# by tikatusin | 2005-08-27 13:39 | 罵詈讒謗
2005年 08月 16日

時代の流れ

 いまさらの話だが、世の中が悪い方へ悪い方へと流れているように見える中で実施される9・11総選挙は、このままいくと真に悪い意味で日本の大きな転換点になりそうな気がしてならない。旧来型政治との決別と構造改革の推進といえば聞こえはいいが、要は社会の階層化とファナティックなナショナリズムの拡散を容認し、外交的には極めて歪な対米盲従とアジア軽視路線を肯定する道への重要転機、である。

 小泉首相が狂信的に固執する郵政民営化法案自体への評価は別としても、社会保障や財政などを中心とした根本的な行財政改革は必要なのだろう。地方と国が抱える長期債務残高の総額は今や1000兆円。国民一人当たりで800万円だ。こんな放漫財政の要因は、小泉首相が「ぶっ壊す」と息巻く自民党の長期政権下で続いた利益誘導・バラマキ型政治にあったのは疑う余地もない。

 自民党の古い体質を象徴するものの一つが「派閥」だった。鉄の規律を誇る派閥が選挙資金から閣僚ポストまでを牛耳って永田町と霞ヶ関をコントロールし、「族議員」と呼ばれる一派とも固まりとなって利益誘導型の政治を推し進める。その最先鋭が田中角栄元首相だったのだろう。地方出身の叩き上げ政治家が泥水をすすりつつ政界をのし上がり、危ない橋をわたってでも政治資金を掻き集め、地元に大型公共事業やら新幹線やら高速道路やらを呼び込み、派閥や族議員が中心となって繰り広げられた利益誘導型のバラマキ政治ーーそんな情景が長く続いていた。

 もちろん、こうした旧来型の自民党政治を是とするつもりは毛ほどもない。最近は小選挙区制が導入されたこともあって派閥のパワーは大幅に低下していたし、今回の総選挙では派閥崩壊がさらに音を立てて進んでいるようだ。郵政民営化否決で当初は勇ましかった亀井静香氏も小泉首相のファシスト的な手法の前にすっかりおとなしくなり、派閥の会長も辞任に追い込まれた。橋本龍太郎元首相も引退が確定的で、堀内派も含めれば自民党の主要派閥は軒並み領袖不在のまま選挙戦を戦うことになるのだという。確かに旧来型の自民党は「ぶっ壊れ」つつある。

 そのこと自体はいい。だが例えば、泥水をすすってのし上がった利益誘導型政治家にかわって日本政界で幅を利かせている勢力とはいったい何か。眺め見てみるに、古くからあった有名人やタレント学者、スポーツ選手出身といった“色もの政治家”を除けば、目立つのは地盤や看板、政治資金にさほど苦労せぬボンボン世襲議員たちの姿、姿、姿・・・だ。
 小泉首相自身、祖父が逓信相、父が防衛庁長官などを務めた世襲政治家。次期首相候補に挙げられる人物をみれば安倍晋三、麻生太郎、福田康夫、その他の有力政治家でも中川昭一や石破茂などなど、数え挙げていけばきりがない。2003年9月に発足した小泉再改造内閣では首相を含む閣僚18人のうち実に半数が2世、3世。今や衆議院全体で30%、自民党では何と40%が世襲議員だという。要は日本社会の階層化が急速に進み、希望が掠れる一方で奇妙な不安感だけは増幅し、停滞と閉塞、退屈と倦怠に沈んでいるのだ。だからそんな感情を忘却させるかのように短視的で気味の悪いファナティックな感情が煽られ、拡散していく。

 上に挙げた政治家の性向などあらためて説明するまでもないだろう。泥水を飲まぬから旧来型の腐敗色は薄いが、弱者切り捨てにためらいはない。持てる者は持ち、持たぬ者は持てない。自己責任。強者になびき、過去の忘却に勤しみ、国家への帰属を強要する。ヒステリックな危機管理を叫ぶ一方で隣国への配慮など欠片もなく、その結果、外交的には戦後日本60年の歴史の中でもアジアからこれほど厳しい視線を浴びたことはないような惨状に陥っている。だが、それを屁とも思わぬらしいボンボン政治家は平気の平左で、さらに程度の低いナショナリズムを煽るような言動を繰り返して恥じない。

 先日紹介した元外務省分析官、佐藤優の著書「国家の罠」にあった一節が思い浮かぶ。近年における旧来型政治家の代表格の一人だったろう鈴木宗男がなぜ「塀の内側」に落ちたのかを分析した部分だ。
 《内政におけるケインズ型公平配分路線からハイエク型傾斜配分路線への転換、外交における地政学的国際協調主義から排外主義的ナショナリズムへの転換という二つの線で『時代のけじめ』をつける必要があり、その線が交錯するところに鈴木宗男氏がいた》

 9・11総選挙は、この流れを決定づけるのか、一度は押し戻すのかという転換点となる。民主党に対抗軸を期待するなど無駄なことだと分かっているが、それでも一度は流れを反芻し、捉え直した方がいい。行財政改革が喫緊の課題として必要だとしても、今回は狂信的な郵政民営化是非論のみを争点として投票行動を取るべきではない。停滞と閉塞、退屈と倦怠がやむを得ない時代の流れであるとしても、不安感をファナティックで糊塗するような方法ではない別の道が必ずあるはずだ。
 だがしかしーー。報道などによれば、どうやら小泉首相と自民党への支持度は急上昇しているようである。激しく分かり易い「信念」を旗印に掲げ、「殺されてもいい」とまで吠えて突き進む小泉首相に対し、押しつぶされつつある自民党造反グループの面々はいかにも旗色が悪いし、メディアは久方ぶりの「政治ショー」の追っかけに夢中で、民主党はその狭間で埋もれつつあるように見える。結局のところこのまま投票日を迎えてしまうのか。絶望はしたくないが、暗然たる気分にもとらわれる。蒸し暑い夏だ。
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# by tikatusin | 2005-08-16 18:17 | 罵詈讒謗
2005年 08月 09日

おぞましき犯罪

 c0062756_18293932.jpg8月6日付「毎日新聞」に掲載されたノーム・チョムスキーへのインタビュー。聞き手は同紙の國枝すみれ記者だ。
 
 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子供たちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森に入り数時間戻らなかった。もっと衝撃を受けたのは、50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。米国はアパッチ、ブラックホークなど、虐殺した先住民の名前を兵器につける国だ。もしドイツが戦闘機を「ユダヤ人」などと名付けたらどう思うだろうか。
 ◇ ◇ ◇
 原爆投下はおぞましい犯罪だ。個人的には東京大空襲はさらにひどい犯罪だと考えている。しかし、戦争犯罪を定義したのはニュルンベルク裁判だった。枢軸国の行為のみを戦争犯罪、平和に対する罪、人道に対する罪と定義し、大都市への空爆など連合国もした行為は定義から除かれた。
 原爆投下を巡っては「ソ連に核の威力を見せるためだった」との意見もあるが、正しいとは限らない。米国も日本も消すことのできない忌まわしい歴史を直視しなければならない。
 しかし、歴史証人となる目撃者が少なくなり、権力者が史実を気高く偉大なイメージに作り直し作業が始まる。日本も同じ道をたどっているようだ。こうしたプロパガンダと戦わなくてはいけない。人間は個人生活でも、自分の行為を正当化しようとする。だが、国家や権力機関がそれを始めたときは非常に危険である。
 ◇ ◇ ◇
 地域勢力に過ぎなかった米国は第二次大戦を機に大きく変わった。米政府は、自国の戦略的、経済的目的に合致する場合に限り、他国にできた民主政権を支持する。合致しなければ破壊する。正確に言えば、米国と強い関係を持つ伝統的なエリートが権力を維持できるトップダウン式の民主主義の導入に限って許す。
 米国の民主主義もトップダウンだ。政府の政策と国民の意思は乖離している。大多数の国民は、他国への先制攻撃に反対し、差し迫った脅威にさらされない限り武力行使を禁止することに賛成している。過半数の国民は、米国は拒否権を行使せずに国連の決定に従うべきだと考えている。
 5月、米国は核拡散防止条約(NPT)再検討会議の合意を阻んだ。政策決定者にとり人類生存の価値は非常に低い。取るべき手段を拒否することで人類は核戦争に着実に近づいている。

 言うまでもないが、この記事が掲載された8月6日はヒロシマに、そして今日9日はナガサキに原爆が投下された日である。長崎の平和公園ではこの日、平和祈念式典が開かれ、伊藤一長市長が「平和宣言」を読み上げた。今度はその一節からー。
 
 今年五月、国連本部で開かれた核拡散防止条約再検討会議は、核兵器拡散の危機的状況にありながら、何の進展もなく閉幕しました。核保有国、中でもアメリカは、国際的な取り決めを無視し、核抑止力に固執する姿勢を変えようとはしませんでした。世界の人々の願いが踏みにじられたことに、私たちは強い憤りを覚えます。
 アメリカ市民の皆さん。私たちはあなたがたが抱えている怒りと不安を知っています。9・11の同時多発テロによる恐怖の記憶を、今でも引きずっていることを。しかし、一万発もの核兵器を保有し、臨界前核実験を繰り返し、そのうえ新たな小型核兵器まで開発しようとする政府の政策が、ほんとうにあなたがたに平安をもたらすでしょうか。(略)
 日本政府に求めます。わが国は、先の戦争を深く反省し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないようにすることを、決意したはずです。この憲法の平和理念を守り、被爆国として、核兵器を「持たない」「作らない」「持ち込ませない」とする非核三原則を、直ちに法制化するべきです。今、関係国が努力している朝鮮半島の非核化と、日本の非核三原則が結び付くことによって、北東アジアの非核兵器地帯化の道が開けます。「核の傘」に頼らない姿勢を示し、核兵器廃絶への指導的役割を果たしてください。

 いい宣言だと思う。こんな想いは「非現実的」なのか。60年目の暑い夏、2つの文章を深く噛み締める。
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# by tikatusin | 2005-08-09 15:26 | メディア
2005年 08月 08日

書評=半島を出よ(村上龍)

 c0062756_0183575.jpg各メディアの書評欄で軒並み取り上げられ、大方では好評を博しているらしい村上龍の新作小説。一部書評は「村上龍の代表作となるだろう」とまで絶賛していたが、とんでもない、正直言ってがっかり、の凡作だ。安易で陳腐な発想、現実感もドライブ感もない描写、だらだらとしているだけの構成、どこをとっても期待はずれだった。
 あくまで備忘録として簡単にストーリーを記しておけば、物語の舞台は経済破綻に喘ぐ数年後の日本。北朝鮮の「反乱軍」が福岡を占拠し、なす術もない日本政府は福岡を封鎖するだけで右往左往。だが社会からドロップアウトした若者たちが立ち上がり、反乱軍を・・・・・というお話。
 にしても、こう書いてみてあらためてストーリーのあまりの陳腐さに泣けてくる。村上龍マニアでもなんでもないが、これまで読んだ「コインロッカー・ベイビーズ」から「69(シックスティ・ナイン)」などなどにいたるまでの作品と比しても、相当にレベルが低いのではないか。

 もちろん、北朝鮮の「反乱軍」という絶望的に安易なアイテムを主軸に置いているとはいっても、麻生幾風(笑)の妄想危機管理ヒステリー的な安直さは巧みに避けようとした節は伺える。読んでいて時折、ふとページを繰る手が止まるような描写も散見された。
 だがそれでも、村上龍といえば一応、当代随一の売れっ子物書きであるはず。その手になる上下巻、400字詰め原稿用紙で1600枚を超えるという「大作」は、下巻の末尾に記された大量の「参考文献」が逆にむなしくさえ思える陳腐な作品だった。いっそのこと半分以下の分量に圧縮して軽妙なドライブ感を高めたら一定の読み物になるのではないか、と言ったら素人の暴言か。あるいは、こんな作品を絶賛するメディアの批評力に呆れたと言ったら、これも言い過ぎだろうか。(幻冬社、上巻・1890円、下巻・1995円)
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# by tikatusin | 2005-08-08 00:25 | 書評
2005年 08月 01日

警察の厚顔

 c0062756_21203076.jpg何度か触れてきた警察の捜査報償費=裏金問題である。
 8月1日付の「毎日新聞」に宮城県の浅野史郎知事と宮城県警の東川一本部長のインタビューが掲載されていたのが目を引いた。「闘論」と題された記事は、最近各紙で流行のようになっている対論形式のインタビュー企画だ。
 それはともかく、宮城県警の捜査補償費の予算執行を停止した浅野知事に対する東川本部長の反論には唖然とした。曰くー。
 「報償費は以前から適正に執行してきた。会計検査院や県監査委員会の監査でも、一度も不適正な執行を指摘されたことがない」
 うそつけ〜(笑)。「一度も・・・」という会計検査院などの監査にしたって、先に紹介した元北海道警幹部の著書にも詳しくある通り、必死の隠蔽作業といい加減極まる監査の産物に過ぎないのではないか。まして宮城県警をめぐっては、仙台市民オンブズマンが報償費の返還を求めた住民訴訟の判決で仙台地裁が6月21日、「(報償費は)相当部分に実体がなかったと推認する余地がある」とまで言い切っているのだ。
 そればかりではない。報償費以外でも同じく仙台市民オンブズマンが94年、95年の宮城県警総務課の出張費をめぐって旅費返還を求めた訴訟では、やはり仙台地裁が7月21日、県警のカラ出張を認めて旅費の一部返還を命ずる判決を下している。
 導きだされる答えは言うまでもなく明々白々。全国の警察本部で発覚したのと同様の裏金捻出が宮城県警でも行われていたのだ。当然ながら組織的に、延々と、大規模に、である。

 にも関わらず「報償費は以前から適正に執行してきた」と平気で言い切る本部長の厚顔無恥な反論を眺めていたら、かつて神奈川県警で起きた盗聴事件を思い出した。1986年11月、同県警警備部公安1課所属の公安警察官らが東京・町田市所在の共産党国際部長(当時)・緒方靖夫宅を盗聴していたことが発覚した事件である。

 当時、告訴を受けて捜査に当たった東京地検は電気通信事業法違反の犯罪事実を解明しつつも当該の公安警察官らを起訴猶予処分としたが、民事訴訟では「盗聴は計画的かつ継続的に実行された」とする東京高裁判決(97年)が確定している。当時の検事総長だった伊藤栄樹も著書「秋霜烈日」の中で盗聴があったことを事実上認めていたし、警察に盗聴器を納入してきたという技術者の詳細な証言なども残されている。公安警察は恐らく、相当な規模で組織的な盗聴という不法行為に手を染めていたはずだ。
 だが、盗聴法が審議された99年5月の国会答弁では当時の警察庁長官、関口祐弘が厚かましくもこう言い切っている。
 「警察としては、盗聴と言われるようなことは過去にも行っておらず、今後も絶対にあり得ないと確信している」

 大嘘。明々白々な証拠が揃っても、警察は非を認めない。盗聴に関しては関口「見解」が今も警察内部では“有効”なはずだ。そして盗聴法は、間もなく成立した。警察の大嘘はたいして追及もされなかった。

 さて、今回の宮城県警の裏金問題をめぐる浅野知事と県警の闘いに話を戻す。その行方には注目しているし、率直に言って知事には是非頑張ってもらいたいと思うのだが、警察は怖いからなぁ・・・。
 余談だけれど、これから暫くは浅野知事をめぐるスキャンダルや不祥事などが流れ出してきたら相当に注意深く眺めた方がいい。過去に「警察発」情報で失脚に追い込まれた政治家や官僚は実に数多い。それだけの情報を警察は持ち、陰湿に“利用”する術を心得ている。そんな事態に発展しないことを祈り、この問題に関しては知事の奮闘に期待したい。
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# by tikatusin | 2005-08-01 21:28 | メディア
2005年 07月 31日

狂気の蹉跌

 渡辺淳一という作家について、もちろん流行作家としての売れっ子ぶりは認識していたが、作品自体への深い興味やシンパシーを抱いたことはあまりなかった。いや、良い意味で懐が深いといった好評はしばしば耳にしたのだけれども、7月30日付の「朝日新聞」に寄せていた一文を目にして、あらためて認識を改めた。もっと正確に言えば、先の戦争という暗い時代を肌で知って生きてきた人間、あるいは世代によって紡ぎだされる文章の強さというか説得力に、ふっと立ち止まらせられたというべきか。

 靖国神社問題に関しての一文である。高まる中国や韓国の反発に対する日本国内の反論が「理論的でありすぎる」という渡辺は、「歴史的または法的理由をいろいろ挙げ、中国や韓国はけしからぬ、といった論理と理屈だけを並べべ、どうだ正しいだろう、と開き直っている感じである」と言ってこう続ける。
「反日感情や靖国問題は、日本の一部の識者が考えているような、理論的な問題ではなく、まさしく感情論である。こうこう、こういう理屈だから正しい、などということでなく、向こうとこちらとで、どういう感情的なわだかまりがあるか、その一点にかかわっている。要するに、極めて著しい感情論を、さまざまな理屈で押し込めようとするところに、両者の埋め難い亀裂が生じている」
 この指摘には正直、納得もする一方で少しの違和感も感じる。しかしこの後に続く渡辺の文章は、理論的に正鵠を射ているかどうかなどという以前の問題として、生々しく心を打つ。長くなるが原文のまま引用する。
 
 敗戦の年、小学校5年生だった私は、戦前、戦後を通じて、日本人と中国人、朝鮮人とのさまざまな接触の経緯を、身をもって見て、体験してきた。戦時中には北海道に住み、親戚が炭坑町に住んでいたこともあって、彼らに対する過酷な仕打ちをいくつか目撃している。
 例えば、伯父がいた三井砂川の家の裏の川沿いには、強制連行されてきた朝鮮人が寝泊まりする飯場があり、そこでは毎夜、朝鮮人がむちで打たれていると聞いていた。伯父には、絶対に行ってはいけない、と言われていたが、ある夕方、友達二人と崖を下りて近づくと、異様なうめき声がし、草むらに隠れて見ると、ほとんど全裸の朝鮮人が「アイゴー、アイゴー」と謝っているのに、さらに殴られていた。また友人の叔父さんは、中国に戦争に行き、上官に斬れと言われたので、何人も斬り殺してきた、と自慢そうに言っていた。当時はみな中国人を「チャンコロ」と呼び、弱虫ですぐ這いつくばるのだ、と教えられていた。
 さらに戦後、そのまま日本に残った在日韓国人には、明らかな差別を行ってきた。これらの人々は日本の一流企業に就職することができず、ほとんどが自由業であることからも明白である。そしていまだに、我々は婚姻や部屋を貸すに当たって、彼らに差別感を抱いている。
 理屈でなんと言おうと、ここに息づいているのは、まさしく感情論である。私の知人の45歳の在日韓国人女性は、お母さんから、「絶対、日本人と結婚してはいけない」と言い聞かされてきたという。
 同じ一つの事件でも、加害者と被害者では、まったく受け止め方が違う。第2次大戦中、日本軍は2000万人ものアジアの人々に危害を加えてきたのである。加害者はいやなことは伝えないが、被害者は当事者から子へ、子から孫へ、そして曽孫へと、百年は伝え続ける。
 この間、加害者がどのような理屈で弁明したところで無駄である。それより、曖昧な言葉で逃げず、まず一言「ごめんなさい」と、素直に謝り、態度に示すことである。
 いやと言っても仕方ない。われわれと同じ血が流れている、家族思いで優しかった父や祖父やその上の人たちが、戦争という狂気のなかで、狂人になったことがあるのだから。

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# by tikatusin | 2005-07-31 23:17 | メディア
2005年 07月 28日

特異な皇室観

 c0062756_113843.jpgなんか「週刊新潮」という雑誌のことを真面目に取り上げるのもバカバカしいのだが、あまりにバカバカしすぎて腹が立つやら笑えるやらした記事があったので紹介を。

 7月28日号。題して「『阿保天皇』記事を回収しなかった『朝日新聞』の皇室観」。何とこれがトップ記事(!?)である。
 寡聞にして知らなかったのだが(知らなくてもいいのだが=笑)、記事によると朝日新聞の週末別刷り「be」が最近、天皇家の系図を掲載する中で、在原業平の父である「阿保親王」を「阿保天皇」と誤植する“事件”があったのだという。「朝日」はこれを本紙上に訂正文を掲載して対処したのだが、これがいたく「新潮」は気に食わぬらしい。

 記事曰く、かつて『女性自身』は昭和天皇の写真を裏焼きして発売中止にし、『女性セブン』は皇太子の「太」を「大」と誤植して発売を延期する騒ぎになったとか、そんなことごとを指摘し、今回の「『アホ天皇』とも読めてしまう誤植」(同誌)への対応としてはなまぬるいのではないか、と記事はいうのだ。
 評論家の勝谷誠彦は「アホ天皇と天皇をアホ呼ばわりするに等しい」というコメントを記事に寄せているが、「朝日」よりお前らの方がよっぽど不敬だろ!!という突っ込みは置いておいても(笑)、皇室関連のミスは回収や発売中止が当たり前かのような記事は同じメディアとして異様としか言いようがない。さらに記事へコメントを寄せている評論家、屋山太郎の発言になると常軌を逸している。
 「朝日は皇室に対しての崇敬の念がまるでない。皇室という存在が、我が日本人のDNAに入っていることも分からんのだ。だから、皇室記事を緊張感を持たずに扱い、間違えて刷っても回収せず、チョロっと訂正記事を出せばいいということになる。この無神経さは、考えるほどに腹立たしい」
 いやぁ、ホンマものの大バカだ。時計の針が戦時中に戻ったのかと錯覚してしまった(笑)。
 にしても、「朝日憎し」は構わぬにしても、この記事が高度なジョークでないのなら、「図らずも今回の誤植で、朝日の特異な皇室観が白日の下に晒される結果となったのである」と記事を締めくくった「新潮」の方が、よほど「特異な皇室観」を持っているといっていいだろう。
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# by tikatusin | 2005-07-28 01:13 | メディア