地下通信 [chika-tsûshin]

tikatusin.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:メディア( 23 )


2006年 02月 15日

預言者と現人神

c0062756_237299.jpg イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画問題。騒動は拡散する一方の様相だが、日本メディアはイスラム教徒に広がる怒りを「まったく理解できない」かのようにトボけた姿勢で伝えるか、せいぜいが「言論の自由」と「抑圧されたイスラムの怒り」を対称に配置し、「難しい問題だ」などと高見に立った“分析”を加えてみせる程度だ。だが、ムハンマドほどではないにせよ、我がニッポン国に同じようなテーマがあることは知らぬふりで頬被りしたままだ。

 そう、天皇制である。天皇制という極めて「局地的な信仰対象」であるためイスラム教の預言者ほどの世界的広がりや世界的話題をふりまかないが(苦笑)、果たして今のニッポン国で天皇、あるいは皇室関係者の「風刺画」が許容されるか。大手メディアが今上天皇や皇太子夫妻、あるいは秋篠宮夫妻らの「風刺画」を掲載したら、「表現の自由」の範囲内として果たして許容されるのかー。
 言うまでもなく決して許容されないだろう。かつての嶋中事件はもちろん、休刊した『噂の真相』は昭和天皇のポルノ合成イラストで右翼の猛攻撃を受けたし、類似の表現行為に対する攻撃や圧力は枚挙にいとまがない。天皇制の風刺は暴力の報復が確実であり、昭和天皇死去の際は「癌だ」と単なる事実を報じたに過ぎぬ外国メディアにまで宮内庁が厳重抗議している。一方、最近で言えば紀子妃の懐妊などをめぐる報道は、相も変わらず歯の浮くようなオベンチャラのオンパレードに過ぎぬではないか。

 個人的には、あらゆる問題において「言論・表現の自由」を尊重する立場を取る。しかし、足下に転がる類似の最大タブーには知らぬふりを決め込み、遠く中東や欧州を睨んで「表現の自由」などをもっともらしく語るのは滑稽でしかない。
[PR]

by tikatusin | 2006-02-15 23:11 | メディア
2006年 02月 12日

主筆の咆哮

 部数世界一を自称する「読売新聞」を主筆として牛耳るナベツネこと渡邉恒雄氏がニューヨークタイムズのインタビューに応じ、吠えまくったようだ。ターゲットとなったのは我らがブッシュの忠犬・コイズミ。その舌鋒は苦笑するほど痛快だ。曰くー
「小泉は歴史や哲学を知らない。勉強しない。文化を持っていない。だから愚かなことを言う」
「『靖国参拝を批判するのは中韓だけだ』といった発言は無知から生じるんだ」

 ナベツネは先に『朝日』の発行する売れない論壇誌『論座』で「宿敵・朝日」の論説主幹・若宮啓文と対談してコイズミの靖国参拝を批判、話題を集めてもいる。
 意地悪く見れば、長らく中曽根とつるんで「政界フィクサー」として動き回ったナベツネの影響力がどうやらコイズミには通じない苛立ち・・・などと取れなくもないが(笑)、一連の発言はさすがのナベツネですら日本政界の軸のズレに不安を感じてきた、ヤバいと思い始めたーと受け止めるべきなのだろう。別にナベツネが左や真ん中にズレたわけでもなく、ナベツネですら不安を感じるほど急速度で政治が右にズレているのだ。
[PR]

by tikatusin | 2006-02-12 12:38 | メディア
2006年 02月 05日

声援を送りつつ

 杞憂だったのだろうか。北海道新聞・高田昌幸氏のブログが更新された。
 と、これ以上憶測するのはとりあえず控えよう。「物事は一直線に進まない」「楽天的に、明るく、たんたんと過ごしています」という高田氏に声援を送りつつ。
[PR]

by tikatusin | 2006-02-05 02:19 | メディア
2006年 01月 24日

下劣なメディア

c0062756_11341894.jpg ホリエモンことライブドア社長・堀江貴文氏の逮捕にさほどの思いも感慨もない。もちろん起業やベンチャーを罪悪視する世論が過剰に強まったりし、例えば就職学生らの大企業志向の強化やら新興メディア蔑視などという保守化現象が拡散しないかなぁというような懸念と憂慮は持つけれども、それはホリエモンを支持するとかしないとか逮捕に感慨を抱くとかというのとは少し次元が違う。

 そんなことよりも、相変わらずの愚劣ぶりに暗澹たる気分になったのがメディア報道だ。これまでは、やれニッポン放送買収だ、やれ衆院選出馬だ、やれ流行語大賞だ・・・等々等々、さんざんその「虚像」作りに協力し、利用し利用されておきながら、東京地検特捜部という“最強”の権力機構が動いたらもう完全にバッシング一色。連日、特捜部のリークなのか作文なのか分からぬような「新事実」が「明らかになった」などと伝え、あたかも自分が特捜検事になったかのようにハシャギまくっているのだから唖然とするほかはない。まるで自作自演。まるでジャイアンの背中越しに嫌らしい視線を注ぐスネ夫。

 幸いにして外国暮らしをしているためアホの巣窟のような民放報道を直接目にせずにすんだのが幸いと言えば幸いだが、「国営」NHKや各大手新聞、ネット上で流れる大手メディアの記事を眺めているだけでもうお腹一杯。某民放テレビのサイトなどは、「事情聴取数十分前のインタビュー」などとホリエモンとの電話のやり取りをさも「スクープ」かのよう伝え、インタビュアーが「あんた、会って話しませんか?、ホント」と言い放つのを恥もせず垂れ流している。品性下劣。一体何様のつもりなのかというほどの厚顔。当のホリエモンが逮捕当日の朝、自らのブログで「マスコミって何でもありなんですね・・・」と捨て台詞を吐いていたのも、頷けるといえば頷ける。メディアの病理は確実に悪化が進んでいる。

 だいたい、ホリエモンの逮捕というのはそれほどのニュースなのか。そりゃニュースであることは否定しないが、新聞が号外を発行し、拘置所入りをヘリから実況生中継するほどの超特大ニュースなのか。
 ビデオジャーナリストの神保哲生氏が自身のオフィシャルブログで、拘置所に入るホリエモンの車をヘリから生中継したことに驚きながら「『本当にそこまでやるほどのことなのかなあ』とも思いましたが、逆にその実況のハシャギぶりや各局が軒並み特番をやっているのを見て、『へえ、そんなに大変なことだったんだ』、と、なかば逆説的な意味で、これが大ニュースのように思えてくるから不思議。(略)よほど気をつけてないと、私でさえこの圧倒的な空気にはのまれてしまいそうです」と記していたのに頷く。
[PR]

by tikatusin | 2006-01-24 11:44 | メディア
2006年 01月 21日

獰猛な権力

c0062756_16353159.jpg 楽しみに訪れていた・・・というよりは、その真摯なマジメさに感心しながら定期的に拝読していた北海道新聞・高田昌幸氏のブログの更新が今年に入って止まっている。本稿が今年最初のエントリになった拙ブログは単にプライベートの猛烈な忙しさと元来の怠け癖が重なった結果だが(苦笑)、こまめに更新されていた高田氏の場合は深い理由があるのではないか。

 言うまでもなく高田氏は道新(北海道新聞)が道警(北海道警察)と真正面から向かい合い、警察裏金疑惑を暴き続けた取材班の中心人物。ところが1月14日付の道新にこんな異例の「おわび」が掲載されたのである。

 内情は分からぬし、即断できるだけの材料も持ち合わせていないのだが、多少は新聞業界の内部事情を知るものとして言えば、異様極まる「おわび」としかいいようがない。警察捜査の問題点を関係者証言(それも道警の元警官らの)に基づいて「疑い」として提起した記事について「説得材料が足りず、不適切」(上記・道新の「おわび」から)などという理由で「おわび」するなど、前代未聞ではないか。
 これに関しては、やはり定期的に訪れている山岡俊介氏のブログ「ストレイドッグ」が数度にわたって内情を伝えている()。
 事実とすれば、異様な「おわび」は道警による「逆襲」の産物なのだろう。にしても、警察という権力機構の獰猛ぶりには慄然とするしかない。「裏金」という自らの組織的犯罪行為は厚顔な隠蔽を図って恥じず、それを指摘した果敢なジャーナリズムの封殺を図ろうとする警察機構の悪逆ぶり。警察というのは凶暴な組織だとあらためて痛感する。勇気ある道新の記者たちはこのまま押しつぶされてしまうのだろうかー。
[PR]

by tikatusin | 2006-01-21 16:38 | メディア
2005年 10月 11日

マッド教授は英米文学専攻

 9月26日付のサンケイ新聞を見てまたもや唖然。今度は「インテリジェント・デザイン(ID)」の大宣伝である(苦笑)。
 記事のバカバカしさは既にあちこちで話題になっているようだが、ダーウィンの進化論を批判するID論は、敬意を表して当のサンケイ記事を引用すれば「人間の存在は進化論では説明できず、何らかの「知的存在」がデザインしたという理論で、(中略)ブッシュ大統領も、進化論以外も学校で教えるべきだとの姿勢を示している」ーというもの。
 ブッシュが積極姿勢を示しているというだけで既に胡散臭さ満開なのだが(笑)、米国で推進姿勢を示しているのは紛うことなきゴリゴリのキリスト教右派。要は「神」を「知的存在」と言いたいだけの話である。ほとんどの科学者は「科学の衣をまとった信仰」と批判しており、例えば米地球物理学連合の幹部が「大統領は科学と信仰を混同し、子供たちを危機にさらそうとしている」と非難したとも報じられている。
 ちなみに「はてなダイアリー」ではID論について、上記のような説明を加えた上で「生命スゲー!これつくったやつ神!」という意味(笑)だと断じ、「日本国内に於いてはカルト教団、統一教会の信者の判定材料になり得る」ともいうシロモノだとも記されている。(参照

 で、問題のサンケイ記事である。京大名誉教授だという渡辺久義なる人物へのインタビューが柱になっているのだが、それ以外にも「『人間の祖先はサルだという教育は、生物の授業の仮説ならともかく歴史教育や道徳教育にはマイナスだ』『進化論はマルクス主義と同じ唯物論であり、人間の尊厳を重視した教育を行うべきだ』という議論は日本でも多くの識者から主張されてきた」などとするサンケイ記者のホンネがプンプンと臭うような一文も添えられ、主役の渡辺名誉教授氏は「日本の学校でも教えるべきですか」と尋ねられてこんな風に語っている。
 思考訓練として教えるべきです。(略)「生命は無生物から発生した」「人間の祖先はサルである」という唯物論的教育で「生命の根源に対する畏敬(いけい)の念」(昭和四十一年の中教審答申「期待される人間像」の文言)がはぐくまれるわけがありません。進化論偏向教育は完全に道徳教育の足を引っ張るものです。

 出たぁ〜(笑)。「思考訓練として」などと控えめに言ってるが、完全に「つくる会」系の道徳教育論。実にマッドとしか言いようがない。それはさておいて渡辺久義なる名誉教授氏がどのような人物なのかを見ると、統一教会系メディア「世界日報」のホームページに、こんな「激励メッセージ」を寄せていた。「世界日報」が「確固たる哲学と使命感とをもって生まれた」と絶賛しているのだから「はてなダイアリー」はやっぱり正しいようだ。
 ちなみに渡辺名誉教授氏、経歴を見ると「専攻は英米文学」(笑)。上智大にもいたなぁ、似たようなマッドな教授・・と思ったら、上記「世界日報」をやっぱり激励していた(笑)。
 にしても、こんな「理論」の大宣伝をするのだから、サンケイとは一体・・・。
[PR]

by tikatusin | 2005-10-11 18:43 | メディア
2005年 10月 04日

君も出てみないか(笑)

 ちょっと前の記事だが、先の総選挙をめぐる日経の「記者座談会」が面白かった(9月15日付夕刊)。最近はどこの新聞もやる定番メニューだが、ほとんどは型通りというか、妙にお行儀のいい「座談会」ばかりで全く面白くない。そんな中ではこの座談会、少しは「ホンネ」で書かれていて読ませた。一部を引用。
 
ー反対派は「小泉は解散に踏み切れない」と言っていたけど?
 記者D 亀井静香は途中から解散になると気づいたが、後に引けなくなっていた。愛唱歌は「兄弟仁義」。固い契りの義兄弟を裏切る訳にはいかなかった。
 ー公明党はギリギリまで解散を回避しようと懸命だったんだろ?
 記者E 解散当日、公明の両院議員総会に武部勤が出席して深々と頭を下げたが、大半は顔をあげなかった。「おまえらのせいだ」とつぶやいていた若手もいたよ。
 ー今回の選挙を象徴するのはやはり「刺客」かな。
 記者B 小池百合子、片山さつきと続いたころの党本部の盛り上がりはすごかった。でも、最後の方はかなり息切れ。党幹部が番記者に「君も出てみないか」と口説いていた。
 記者B 大量当選した女性新人の扱いに党幹部は頭を痛めている。「みんな自分が一番首相に近いと思っているからあつれきが起きる」って。「閣僚になれると確信している女性が5人はいる」とベテランの党職員が言っていたよ。
 記者C 小泉の面倒見の悪さは永田町の常識。党幹部は「3カ月もすれば、いかに冷たい人かが身にしみて分かるよ」と冷ややかだ。

 「兄弟仁義」好きの男が子分を路頭に迷わせ、「自分が彼と一番仲良し!」と思っている女性軍団が大量誕生した総選挙。で、事前には番記者の女性にまで「君も出てみないか」なんて言ってたのか〜(苦笑)。やっぱり、やれやれ・・・だ。
[PR]

by tikatusin | 2005-10-04 19:20 | メディア
2005年 08月 09日

おぞましき犯罪

 c0062756_18293932.jpg8月6日付「毎日新聞」に掲載されたノーム・チョムスキーへのインタビュー。聞き手は同紙の國枝すみれ記者だ。
 
 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子供たちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森に入り数時間戻らなかった。もっと衝撃を受けたのは、50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。米国はアパッチ、ブラックホークなど、虐殺した先住民の名前を兵器につける国だ。もしドイツが戦闘機を「ユダヤ人」などと名付けたらどう思うだろうか。
 ◇ ◇ ◇
 原爆投下はおぞましい犯罪だ。個人的には東京大空襲はさらにひどい犯罪だと考えている。しかし、戦争犯罪を定義したのはニュルンベルク裁判だった。枢軸国の行為のみを戦争犯罪、平和に対する罪、人道に対する罪と定義し、大都市への空爆など連合国もした行為は定義から除かれた。
 原爆投下を巡っては「ソ連に核の威力を見せるためだった」との意見もあるが、正しいとは限らない。米国も日本も消すことのできない忌まわしい歴史を直視しなければならない。
 しかし、歴史証人となる目撃者が少なくなり、権力者が史実を気高く偉大なイメージに作り直し作業が始まる。日本も同じ道をたどっているようだ。こうしたプロパガンダと戦わなくてはいけない。人間は個人生活でも、自分の行為を正当化しようとする。だが、国家や権力機関がそれを始めたときは非常に危険である。
 ◇ ◇ ◇
 地域勢力に過ぎなかった米国は第二次大戦を機に大きく変わった。米政府は、自国の戦略的、経済的目的に合致する場合に限り、他国にできた民主政権を支持する。合致しなければ破壊する。正確に言えば、米国と強い関係を持つ伝統的なエリートが権力を維持できるトップダウン式の民主主義の導入に限って許す。
 米国の民主主義もトップダウンだ。政府の政策と国民の意思は乖離している。大多数の国民は、他国への先制攻撃に反対し、差し迫った脅威にさらされない限り武力行使を禁止することに賛成している。過半数の国民は、米国は拒否権を行使せずに国連の決定に従うべきだと考えている。
 5月、米国は核拡散防止条約(NPT)再検討会議の合意を阻んだ。政策決定者にとり人類生存の価値は非常に低い。取るべき手段を拒否することで人類は核戦争に着実に近づいている。

 言うまでもないが、この記事が掲載された8月6日はヒロシマに、そして今日9日はナガサキに原爆が投下された日である。長崎の平和公園ではこの日、平和祈念式典が開かれ、伊藤一長市長が「平和宣言」を読み上げた。今度はその一節からー。
 
 今年五月、国連本部で開かれた核拡散防止条約再検討会議は、核兵器拡散の危機的状況にありながら、何の進展もなく閉幕しました。核保有国、中でもアメリカは、国際的な取り決めを無視し、核抑止力に固執する姿勢を変えようとはしませんでした。世界の人々の願いが踏みにじられたことに、私たちは強い憤りを覚えます。
 アメリカ市民の皆さん。私たちはあなたがたが抱えている怒りと不安を知っています。9・11の同時多発テロによる恐怖の記憶を、今でも引きずっていることを。しかし、一万発もの核兵器を保有し、臨界前核実験を繰り返し、そのうえ新たな小型核兵器まで開発しようとする政府の政策が、ほんとうにあなたがたに平安をもたらすでしょうか。(略)
 日本政府に求めます。わが国は、先の戦争を深く反省し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないようにすることを、決意したはずです。この憲法の平和理念を守り、被爆国として、核兵器を「持たない」「作らない」「持ち込ませない」とする非核三原則を、直ちに法制化するべきです。今、関係国が努力している朝鮮半島の非核化と、日本の非核三原則が結び付くことによって、北東アジアの非核兵器地帯化の道が開けます。「核の傘」に頼らない姿勢を示し、核兵器廃絶への指導的役割を果たしてください。

 いい宣言だと思う。こんな想いは「非現実的」なのか。60年目の暑い夏、2つの文章を深く噛み締める。
[PR]

by tikatusin | 2005-08-09 15:26 | メディア
2005年 08月 01日

警察の厚顔

 c0062756_21203076.jpg何度か触れてきた警察の捜査報償費=裏金問題である。
 8月1日付の「毎日新聞」に宮城県の浅野史郎知事と宮城県警の東川一本部長のインタビューが掲載されていたのが目を引いた。「闘論」と題された記事は、最近各紙で流行のようになっている対論形式のインタビュー企画だ。
 それはともかく、宮城県警の捜査補償費の予算執行を停止した浅野知事に対する東川本部長の反論には唖然とした。曰くー。
 「報償費は以前から適正に執行してきた。会計検査院や県監査委員会の監査でも、一度も不適正な執行を指摘されたことがない」
 うそつけ〜(笑)。「一度も・・・」という会計検査院などの監査にしたって、先に紹介した元北海道警幹部の著書にも詳しくある通り、必死の隠蔽作業といい加減極まる監査の産物に過ぎないのではないか。まして宮城県警をめぐっては、仙台市民オンブズマンが報償費の返還を求めた住民訴訟の判決で仙台地裁が6月21日、「(報償費は)相当部分に実体がなかったと推認する余地がある」とまで言い切っているのだ。
 そればかりではない。報償費以外でも同じく仙台市民オンブズマンが94年、95年の宮城県警総務課の出張費をめぐって旅費返還を求めた訴訟では、やはり仙台地裁が7月21日、県警のカラ出張を認めて旅費の一部返還を命ずる判決を下している。
 導きだされる答えは言うまでもなく明々白々。全国の警察本部で発覚したのと同様の裏金捻出が宮城県警でも行われていたのだ。当然ながら組織的に、延々と、大規模に、である。

 にも関わらず「報償費は以前から適正に執行してきた」と平気で言い切る本部長の厚顔無恥な反論を眺めていたら、かつて神奈川県警で起きた盗聴事件を思い出した。1986年11月、同県警警備部公安1課所属の公安警察官らが東京・町田市所在の共産党国際部長(当時)・緒方靖夫宅を盗聴していたことが発覚した事件である。

 当時、告訴を受けて捜査に当たった東京地検は電気通信事業法違反の犯罪事実を解明しつつも当該の公安警察官らを起訴猶予処分としたが、民事訴訟では「盗聴は計画的かつ継続的に実行された」とする東京高裁判決(97年)が確定している。当時の検事総長だった伊藤栄樹も著書「秋霜烈日」の中で盗聴があったことを事実上認めていたし、警察に盗聴器を納入してきたという技術者の詳細な証言なども残されている。公安警察は恐らく、相当な規模で組織的な盗聴という不法行為に手を染めていたはずだ。
 だが、盗聴法が審議された99年5月の国会答弁では当時の警察庁長官、関口祐弘が厚かましくもこう言い切っている。
 「警察としては、盗聴と言われるようなことは過去にも行っておらず、今後も絶対にあり得ないと確信している」

 大嘘。明々白々な証拠が揃っても、警察は非を認めない。盗聴に関しては関口「見解」が今も警察内部では“有効”なはずだ。そして盗聴法は、間もなく成立した。警察の大嘘はたいして追及もされなかった。

 さて、今回の宮城県警の裏金問題をめぐる浅野知事と県警の闘いに話を戻す。その行方には注目しているし、率直に言って知事には是非頑張ってもらいたいと思うのだが、警察は怖いからなぁ・・・。
 余談だけれど、これから暫くは浅野知事をめぐるスキャンダルや不祥事などが流れ出してきたら相当に注意深く眺めた方がいい。過去に「警察発」情報で失脚に追い込まれた政治家や官僚は実に数多い。それだけの情報を警察は持ち、陰湿に“利用”する術を心得ている。そんな事態に発展しないことを祈り、この問題に関しては知事の奮闘に期待したい。
[PR]

by tikatusin | 2005-08-01 21:28 | メディア
2005年 07月 31日

狂気の蹉跌

 渡辺淳一という作家について、もちろん流行作家としての売れっ子ぶりは認識していたが、作品自体への深い興味やシンパシーを抱いたことはあまりなかった。いや、良い意味で懐が深いといった好評はしばしば耳にしたのだけれども、7月30日付の「朝日新聞」に寄せていた一文を目にして、あらためて認識を改めた。もっと正確に言えば、先の戦争という暗い時代を肌で知って生きてきた人間、あるいは世代によって紡ぎだされる文章の強さというか説得力に、ふっと立ち止まらせられたというべきか。

 靖国神社問題に関しての一文である。高まる中国や韓国の反発に対する日本国内の反論が「理論的でありすぎる」という渡辺は、「歴史的または法的理由をいろいろ挙げ、中国や韓国はけしからぬ、といった論理と理屈だけを並べべ、どうだ正しいだろう、と開き直っている感じである」と言ってこう続ける。
「反日感情や靖国問題は、日本の一部の識者が考えているような、理論的な問題ではなく、まさしく感情論である。こうこう、こういう理屈だから正しい、などということでなく、向こうとこちらとで、どういう感情的なわだかまりがあるか、その一点にかかわっている。要するに、極めて著しい感情論を、さまざまな理屈で押し込めようとするところに、両者の埋め難い亀裂が生じている」
 この指摘には正直、納得もする一方で少しの違和感も感じる。しかしこの後に続く渡辺の文章は、理論的に正鵠を射ているかどうかなどという以前の問題として、生々しく心を打つ。長くなるが原文のまま引用する。
 
 敗戦の年、小学校5年生だった私は、戦前、戦後を通じて、日本人と中国人、朝鮮人とのさまざまな接触の経緯を、身をもって見て、体験してきた。戦時中には北海道に住み、親戚が炭坑町に住んでいたこともあって、彼らに対する過酷な仕打ちをいくつか目撃している。
 例えば、伯父がいた三井砂川の家の裏の川沿いには、強制連行されてきた朝鮮人が寝泊まりする飯場があり、そこでは毎夜、朝鮮人がむちで打たれていると聞いていた。伯父には、絶対に行ってはいけない、と言われていたが、ある夕方、友達二人と崖を下りて近づくと、異様なうめき声がし、草むらに隠れて見ると、ほとんど全裸の朝鮮人が「アイゴー、アイゴー」と謝っているのに、さらに殴られていた。また友人の叔父さんは、中国に戦争に行き、上官に斬れと言われたので、何人も斬り殺してきた、と自慢そうに言っていた。当時はみな中国人を「チャンコロ」と呼び、弱虫ですぐ這いつくばるのだ、と教えられていた。
 さらに戦後、そのまま日本に残った在日韓国人には、明らかな差別を行ってきた。これらの人々は日本の一流企業に就職することができず、ほとんどが自由業であることからも明白である。そしていまだに、我々は婚姻や部屋を貸すに当たって、彼らに差別感を抱いている。
 理屈でなんと言おうと、ここに息づいているのは、まさしく感情論である。私の知人の45歳の在日韓国人女性は、お母さんから、「絶対、日本人と結婚してはいけない」と言い聞かされてきたという。
 同じ一つの事件でも、加害者と被害者では、まったく受け止め方が違う。第2次大戦中、日本軍は2000万人ものアジアの人々に危害を加えてきたのである。加害者はいやなことは伝えないが、被害者は当事者から子へ、子から孫へ、そして曽孫へと、百年は伝え続ける。
 この間、加害者がどのような理屈で弁明したところで無駄である。それより、曖昧な言葉で逃げず、まず一言「ごめんなさい」と、素直に謝り、態度に示すことである。
 いやと言っても仕方ない。われわれと同じ血が流れている、家族思いで優しかった父や祖父やその上の人たちが、戦争という狂気のなかで、狂人になったことがあるのだから。

[PR]

by tikatusin | 2005-07-31 23:17 | メディア